2007年03月11日

溶けたガラスの謎

desert_glass01.jpg1952年、イスラエルの遺跡発掘場で溶けた緑色のガラスの層が発見された。ガラスの層は厚さ6mmほどで、数十平方メートルの広さに及んだと言う。

その5年前には、同じような薄いガラスの地層がイラク南部でも発見されている。

現在では、スコットランドからサハラ砂漠の南部に至るまでの広範囲で溶けたガラスが発見されており、ツタンカーメンの胸飾りに見られるフンコロガシの形に削られた黄色いガラスは非常によく知られている

また、リビアのエジプトとの国境付近で発見されたガラスの地層の年代鑑定では、2,850万年と言う驚異的な結果が出ている。

desert_glass02.jpgこれらの溶けたガラスの発見は更に広がりを見せ、モンゴルのゴビ砂漠にある遺跡発掘場でも、ロシアの考古学者が紀元前12,000年と推定されるこの遺跡の1,800mもの地下で、溶けたガラスに覆われた壁を発見している。

これらの溶けたガラスが意味するものは何なのか?

人工的に造られたものでないとすると、考えられるのはガラスの元になる珪素が土の中に存在するまま融点を超える高温環境(珪素の融点は約1,400℃)になった場合になるが、現在の科学で説明でき、そのような環境を作り出せるものは核爆発と隕石の衝突しかない。

モンゴルの遺跡周辺に暮らす先住民の言い伝えでは、”天から巨大な光の玉が落ちてきた”と言う話があるそうで、一部の専門家らはこの時代に核戦争があったと仮定しているが、今のところ決定的な証拠はない。

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2006年12月04日

ピラミッドはコンクリートでできている?

pyramids_concrete01.jpgピラミッドは採掘場で巨大な石を切り出し、莫大な工数を費やして人力で運ばれ人力で積み上げられたと思われていたが、実はピラミッドの一部分にはコンクリートが使用されていたと言う説が科学的証拠を伴って急浮上してきた。
この説は1970年代後半にフランスの化学者が唱えていたが、決定的な証拠がなく忘れられていた。ところが、一部のピラミッドに使用されている石灰岩と天然の石灰岩を電子顕微鏡で詳細に比較してみたところ、ピラミッドに使用されている石灰岩には自然ではありえないスピードで結晶化されていることが分かった。コンクリート説を支持する科学者らは、実際に現地で簡単に入手できる石灰と木の燃えかす、そして塩を混ぜて粘土を作り、これを木の型に流し込んで乾燥させることにより、約10日ほどで石灰岩が作れることを証明した。また、ピラミッドの石は、一塊であるにもかかわらず下のほうは密度が高く、上の方は気泡を多く含んで密度が低いと言う事実も、このコンクリート説を支持する一つの証拠となっている。
この説にはまだ多くの科学者が疑問と反論を投げかけているが、古代エジプトで巨大な石を作るためにコンクリートが用いられていたかと思うと、古代人の知恵深さにあらためて感心させられる

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2006年07月07日

ノアの箱舟発見か!?

noahs_ark01.jpg2006年3月に、トルコのアララト山に船に似た形をした地形があり、ノアの箱舟である可能性があることを紹介したが、今度はトルコよりも更に東、イランのElburz山脈でノアの箱舟の候補となるかも知れない石化層を発見したと、テキサスの考古学チームが発表した。確かな分析結果はまだ出ていないが、標高4,000mもの土地に存在する石化した地層が木造の構造物であることが証明されれば、本当にノアの箱舟である可能性は飛躍的に向上する。
過去に聖書を研究した多くの学者達がノアの箱舟はトルコのアララト山に辿り着いたと解釈したが、その場合は創世記に記される航路と合わないことをこの考古学チームは指摘している。
ただしイランの地質に詳しい学者によれば、イランの地層は油分が多いために細かい層を成すことが知られており、その中の一部が木目に似ていただけかも知れないと慎重な姿勢を示している。

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2006年05月15日

ストーンヘンジ ブラジル版 発見される

brazil_stonehenge01.jpgbrazil_stonehenge02.jpg2006年5月13日、ブラジル北部のアマパ州にてストーンヘンジが発見されたと発表された。この地域にはヨーロッパが植民地化するまでは文明社会がなかったと推測されていたが、今回の発見によって今までの仮説が覆ることになる。このストーンヘンジはそれぞれが数トンもある石を均等間隔で正確に並べてあり、宗教的な儀式、もしくは季節の移り変わりを計る(耕作のため)目的で作られたのではないかと推測されてる。正確な建造時期は不明だが、近辺から出土した土器の時代測定から、約2,000年前と見積もられている。

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2006年04月25日

新たな地上絵発見される

new_nazca01.jpg2006年4月21日、日本の研究チームがペルーで新たな地上絵を発見したと発表した。新たな地上絵は長さ約65m、角を持つ動物の絵で、紀元前100年から紀元後600年頃に栄えたナスカ王朝のものに似ていると言う。地上絵の一部分は既に車等が往来することによって消されているため保護を呼びかけている。
この地上絵はアメリカの衛星画像を解析することで発見されたが、日本が2006年1月に打ち上げた更に高解像度の衛星”大地”を用いて、今後より詳しい解析を行う予定だと言う。

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ヨーロッパ初のピラミッド発見される

bosnia_pyramid01.jpg2006年4月20日、ボスニア、Visokoでアマチュア考古学研究グループが、ヨーロッパでは初めてとなるピラミッドを発見したとして話題になっている。この研究グループのリーダーであるSemir Osmanagicによると、このピラミッドは約12,000年前にボスニアの先住民によって築かれたもので、約220mの高さがあり、長い年月による風化で丘にしか見えなくなっていたが、6ヶ月に及ぶ発掘調査でピラミッドの壁面と思われる部分が姿を現したと話している。また、この丘の近くにある同じような形をした二つの丘も、Osmanagicは同じようにピラミッドであると考えており、丘の下に存在する約650mのトンネルの調査を開始した。エジプトの考古学者達も1ヶ月後には調査に合流する予定だと言い、今後の成果に期待がかかっている。

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2006年03月15日

ノアの箱舟?

ship01.jpgship02.jpgトルコの北東に位置するアララト山(標高5,165m)の山頂付近にあると言い伝えられている”ノアの箱舟”の衛星写真が公開され議論を呼んでいる。この”ノアの箱舟”については、アララト山の厳しい自然環境と地元に伝わる伝説(人間が訪れるのを神が好まない)のせいか、あまり詳しい調査が進んでおらず、未だ多くの謎を残している。
衛星により撮影された写真では、標高4,663mの所に船のような形をした丘陵が捉えられている。ノアの箱舟の研究を行っている、Taylor博士によればこの丘陵の形状を船体とすると縦横比は6:1となり、旧約聖書に書かれている箱舟と一致するとしている。ship03.jpgship04.jpg仮にこれがノアの箱舟だとすると、全長は309mにも及び現代の最大級空母と同程度の大きさになると言う。ただし、これだけ巨大な木造の船が本当に水に浮くことができたのか等、これがノアの箱舟であると言う見解に否定的な意見を述べる専門家も存在する。Taylor博士によれば、衛星写真をより詳しく分析することにより、より詳細な情報が得られると考えていると言う。

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